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2013.04.19 Friday

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    2011.07.14 Thursday

    7月中旬の崎浜地区の様子

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      おはようございます。

      近頃の余震でわかってきた事があります。
      地震というのは、震源から2つの波が出ます。
      一つは早くて揺れの小さい縦波、もう一つは後からくる大きな横波です。
      横波のほうが一般的に体感する地震の波なのです。

      しかし、近頃、「あ、地震がくる」という感覚がわかってきました。
      先にくる縦波が、わかるのです。
      外にいると、山や地面が「ゴー」っという地鳴りみないなのが聞こえて、
      本震の横波がすぐにやってきます。
      部屋にいても、揺れが早い音がどこかしらか聞こえてきて、本震がすぐにやってきます。

      人によっては、近頃本震がくる感覚がどんどん研ぎすまされてくるというようなことをいったりする人がいたり、最初の小さな縦波が来ると、「あ、地震がくる!」ということを職場でとっさにいう人がいます。

      かいつまんでいうと、地震になれてきたということでしょうか。

      それで、その地震の本震が到着すると、どの程度の揺れかということが、大事でしばらく揺れの大きさがとても気になります。はじめは小さくてもだんだん大きくなる事もあり、しばらく予断はゆるせません。だんだん、小さくなってくると、一息します。
      地震がくると、こんなことをになります。






      さて、話がかわって、今朝の写真です。
      今朝のは、越喜来の崎浜地区の様子です。
      近頃、別の地域の写真を載せてばかりで、わがアパートのある崎浜についてはあまり出さなかったので崎浜の近頃の様子などを載せていきます。


      まずは、崎浜小学校にある仮設住宅。
      崎浜小学校は、現在ほれ小学校に移動して学習が進められています。

      sakihama071301

      朝夕になると、仕事などででていた方が戻ってきているので、
      車がたくさんとまっています。

      sakihama071302

      これが、現在、崎浜小学校にたてられている仮設住宅のようすです。
      黄色い四角に被災者が入居されています。
      四角の大きさは、おそらく1DK,2DK,3DKのように表現されていると思われます。

      さてさて、前にも同じような写真を掲載しましたが、この崎浜小学校から崎浜地区のメインストリートにでて、坂を下っていきます。

      sakihama071304

      sakihama071305

      瓦礫はほとんど撤去されています。
      おそらく、越喜来の浦浜地区の広場か浦浜小学校に運ばれたと思われます。

      sakihama071306

      sakihama071305

      写真で見てわかると思いますが、建物からくる瓦礫はほとんど撤去されていて、
      奥のようなコンクリートの固まりは建物自体のコンクリートではなくて、ほとんどが基礎の部分です。

      崎浜地区は基礎の部分を完全に重機で取り除き、更地にしているところです。

      sakihama071306

      もと中島商店あたりです。
      もう少し先に、崎浜地区の漁協の建物がありましたが、これも取壊しとなっています。
      その中からでてきたものなのでしょうか。赤い旗が掲げてありました。
      「みな貯金」と書いてあります。

      sakihama071307

      後ろの鉄の固まりは漁協の建物を解体したときにでた鉄筋です。

      sakihama071308

      旧漁協の建物のあとです。
      左は崎浜漁港の入り口になります。

      このT字路を左にまがります。

      すると、7月なので、七夕の飾り付けがしてありした。
      sakihama071309

      いろいろな願い事がかかれていました。
      震災に関わるもの、関わらないもの様々です。


      sakihama071310


      その先はいくと、消火器が集められていました。
      反対側には灯油などの燃料となるポリタンクがおいてありました。

      sakihama071313

      その先にみえる、コンクリートの固まりは、上でお話しした基礎の部分を取り壊したあとです。


      sakihama071315


      やはりすべてを壊さなくてはならないようです。
      法律の名前はしりませんが、一度全壊した建物のあった土地には新しく家をたてられないことになっているそうです。実際、地元の人にお話を聞くと、津波がきた低い土地には住まないという感情があり、これは当然です。この土地を使うために盛り土をしたりして高くするということもきいたことがありますが、これはかなりの時間と労力がかかくることでしょう。

      それから、半壊した家は、津波で被災した家でも修理して住む事ができるそうです。
      大船渡市の大船渡町では、瓦礫の中に半壊した家がちらほらあって、
      それを修理して住んでいる方もいるそうです。
      それが夜になると、瓦礫が広がっている暗闇の中で、ぽつん、ぽつんと車を走らせると明かりが見えます。


      震災復興については、この津波で被災した土地の利用の仕方は、たいへん難しい問題になってきているように思えます。



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